【第12回】福田和久さんの「シースナイフ」
---実用性も兼ねる男の高等な道楽---
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福田さんが自作したシースナイフ。文句なしにかっこいい!
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田舎暮らしは刃物の出番が多い。畑を耕すのも、草を刈るのも、枝を払うのも、みんな刃物だ。経済性を考えないダッシュ村ならこれも自分で作りましょう、となるところだが、鍛冶屋みたいな真似をする移住者はさすがにいない。と思ったら、身近にいた。(鍛冶屋のトンテンカーンとは違うが)ナイフを自作する福田和久さんだ。私とは年齢が一回りも違う飲み友だちで、平山さんらとともに月に1〜2回は飲みながら「山に登った」「桜が咲いた」とたわいもない会話をしている。その彼の作品が上の写真。刃の長さ、ハンドル(手持ちの部分)の材質や形、シース(皮のケース)の色や縫い方がすべて違う。本人の手の形に合わせて作られており、どれも世界でたった1つしかないナイフだ。
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小さなナイフはバーベキューで活躍。アウトドアで役に立つ
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「大きいのはブッシュで蔓切りに使ったりするけど、出番は多くない。よく使うのは小さいナイフで、これで魚をさばいたり、鳥の丸焼きを切ったりするとかっこいいんだよね。本当は出刃の方が使いやすいけど(笑)。刃が6cm以下なら銃刀法の持ち運び禁止の対象にはならないし、許可なく所持も携帯もできるのは刃が15cmまでのもの。その範囲で作るわけ。いま初めて両刃のナイフを作っているんだけど、これなら竹も切れる。片刃は右利きなら右、左利きの人なら左に刃を付けるの。反対にすると全然切れないよ」 |
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別棟の小屋には作業場も併設。グラインダーなどの機械も多い
なるほど。刃物は体から逃がすように使うのが原則だから、刃の位置もそうなるのだろう。手先の器用な移住者はいっぱいいるが、ナイフの作り手はごくわずか。福田さんの愛読誌「ナイフマガジン」(ワールドフォトプレス・現在は休刊)の存在すら知らなかった私だから、まったくの門外漢なのだが、大まかな作業工程を聞いてみた。まずステンレスの板をデスクグラインダーや金切り鋸で切断→ベルトサンダーやヤスリで整形→フォーニングストーンで刃先を整形→ボール盤でヒモを通す穴、刃を固定する2つの穴を開ける→ヒルト(ツバの部分)を真鍮で造る→手の形に合わせてハンドルを造る→ヒルトとハンドルに穴を開ける→焼き入れは自分でできないので専門業者に出す→焼き入れした刃が返ってきたら砥石などで刃を付ける→ヒルトに真鍮の棒、ハンドルにネジを固定してはみ出した部分をカット。切断面をヤスリで削り、両側から叩いて人目に分からないように潰す(この作業を「かしめる」という)→角を取って仕上げる→シースを作る(ナイフに合わせて皮をカットし、そこに刃の形や厚みに合わせてクズ皮を接着。ドリルで穴を開け、麻糸を2本針で交互に縫っていく<こうすると切れてもほどけない>。ボタンを付ける場合も)。実際はもっといろんな工程があるようだが、とにかく細かな作業だ。1丁作るのに2〜4週間はかかるらしい。
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ヒルトは真鍮で作る。軟らかいので加工は楽とか
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「ステンレスはナイフの専門業者から買うんだけど、5本くらい取れる長いもので5000円ちょっと。刃の形は『ナイフマガジン』を参考にするわけ。ただ、一度失敗したのはグラインダーで整形中に焼きが入って、穴が開かなくなっちゃった。ハンドルの材料は水牛の角とか白鳥貝とか黒檀とか紫檀とかいろいろあるけど、何万円もする。いまは東急ハンズや近くのホームセンターで200〜500円くらいの工作用木板を使っているの。全部合わせて材料費が1丁あたり8000円前後。作家が作るのは数万〜10万円くらいだけど、普通は完成品で5000〜1万だから、あんまり変わりがない(笑)。まあ、楽しみでやっているんですよ。いままで15丁くらい作ったけど、10丁は知り合いにあげちゃった」というから道楽に近い。
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いま作っている両刃のナイフ。ハンドルのネジはカットして潰すことに
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田舎暮らしの世界では「野菜は買った方が安い」「自給自足は金がかかる」とよくいわれるが、同じ法則が成り立つようだ。身近にナイフがあれば使いたくなるのか、妻の淳(あつし)さんもお地蔵さんを作ったりしている。和久さんのナイフ作りは立派な道具や材料を揃えてから始めたわけではなく、移住前に車の解体屋からもらった板バネを加工したのが最初だとか。その次は、使えなくなった鋸を切断。硬くて削るのに苦労したが、すでに焼き入れしてあるから作りやすかった。 |
「我々が子どもの頃、男の子はみんな『肥後の守』というナイフを使っていたんだよね。あれが原点かな。それから十徳ナイフを使い始めるわけ。いろんな機能が付いているから便利でね。実は、いまでもいちばん使うのは十徳ナイフなんだ」
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さまざまな機能を持つ十徳ナイフ。スイスのアーミーナイフがルーツらしい
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福田家の十徳ナイフは郡山のアウトドア専門店「ワイルドワン」で4000円くらいだったそうだが、ドライバー、栓抜き、缶切り、ナイフ、ハサミ、コルク抜き、とげ抜き、つまようじ、針外し、ヒモ通しと本当に10の機能が備わっている。これほど重宝する道具は珍しい。私も1つほしくなってきた。 |
奥のログの床張りも自分たちでやった。美味いダイコンは壁土の畑だからという説あり |
福田さんは飲み友だちだし、畑のレベルがとくにすごいというわけでもないし、気が置けない(「気遣いする必要がない」という意味の日本語だからお間違えなく)仲間という感覚しかなかった。でも、本当はすごい人なのかもしれない。既製品と同じくらいの材料費で創作に取り組む移住者は、そういるものではない。モノづくりに並外れた情熱を持っているのだ。 |
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バーベキューを楽しむ福田夫妻。移住者仲間もよく集まってくる |
住んでいるロフト付きのフルログは、銀行をリタイアして6年前に大工とともに建てたもの。部材の塗装もすべて夫婦でやったという。庭には古民家の梁を組み直したバーベキュー炉、ドラム缶を加工した薫製機といった自作品もある。 |
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自作の薫製機を使ってウインナーやチーズやイワナをスモーク |
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福田家には不思議な実りがあって、春先のフキノトウ、初夏の淡竹(はちく)、初冬のダイコンが抜群に美味く、知り合いの農家がわざわざ車で15分かけて採りにくるほど。舌先でとけるダイコンには、私もカルチャーショックを受けた。その福田さんがいま、はまっているのがパソコン。埃をかぶっていたデスクトップをタダで譲り受けたものだが、私と平山さんと坂田さんでよってたかって使えるマシンに改造。すると福田さんはすぐにメールを覚え、3カ月も経たないうちにジャパンネット銀行に登録してオークションの入札まで始めてしまった。いやー、すごいわ! でも、いちばんよかったのは福田さんの性格がきわめて温厚なこと。そうでなかったら、飲みながら刃物の取材なんかできないもんね(笑)。
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平山さんにパソコンを教わる。何でも興味を示すところが福田さんらしい
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