【第10回】中原力さんの「猟銃」
---田舎の自然と向き合う、もう1つの道具---
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自宅から3kmの猟区でハンティング。落下中の薬莢に入っていた散弾は、300mくらいの射程距離だとか
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田舎暮らしの動機として、ハンティングを挙げる移住者は意外に多い。大まかに数えて20人に1人である。この世界も広く知られていいはずだが、私を含めて知識が欠落している人が多い。公認の猟期すら知らない人がほとんどだろう(11月15日から2月15日まで)。そこで、今回は狩猟歴25年、阿武隈山系に移住して3年の中原力さんに話を聞くことにしたのだが、その前に少し予習する。下は狩猟者のための公益団体・大日本猟友会のHP。
http://www.moriniikou.jp/index.php?catid=21&blogid=12
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地面に落ちた薬莢は自分で回収するのがルール
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これを読むと、狩猟のルールが具体的にわかる。ハンターは当然ながら狩猟免許が必要で、銃の所持許可も得なければならない。前者は鳥獣の保護などに関する知識試験、視力や聴力の適性試験、銃の扱いに関する技能試験があって、合格率は8割だとか。鉄砲は電線や人家に向けたり、日の出から日没を超えて使ったり、公道から撃ったり、道路を跨いで撃ってはダメ、といった厳しい規則があり、試験ではその知識も試される。実際に猟をやるには、免許だけでなく年に1回の狩猟者登録も必要だ(費用は保険料などを含めて3万5000円くらい)。 |
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中原さんが持っている猟銃。いずれもベレッタ製で、上から価格の高い順に並べた
猟友会に入ると帽子とベストが配られるが、銃や装弾はもちろん自己負担。中原家にはイタリア・ベレッタ製の散弾銃が3丁ある。うち2丁が上下2連の自動銃で、即応性が高い(転倒などによる暴発にも注意を要する)。気になるお値段は、1丁が高級車の新車、もう1丁が軽の新車、もう1丁が中古車並み。安いものなら5万円くらいから買えるそうだが、やはり道具にはこだわりがある。
「造りはどのメーカーも大して変わりないんだけど、木の材質とか装飾が違う。ベレッタは一流品だし、持ったときの感触がいいんですよ。道具がよければ、猟果が悪くても鉄砲のせいにはできない。自分で逃げ道を断つ意味もあるんです」
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右が2歳のデューク、左が推定18歳のシム。犬との会話が狩猟のいちばんの楽しみだ
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獲物は鳥と獣の2系統に分かれる。阿武隈山系では前者がキジ、ヤマドリ、カモ、カラス(田んぼのカラス除けに使う)など、後者がウサギ、イノシシ、キツネ、タヌキなど。中原さんはバードハンターを自認しており、猟区へは独りで出かけることが多いのだが、地元ではイノシシの駆除要請が増えている。この場合は10人くらいで山を囲み、獲物を仕留め、分け前は全員平等。その狩猟にも声がかかるという。
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中原さんの指示で藪の獲物を探すデューク。その動きの速さはペット犬とは比べものにならない
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中原さんが猟銃を持ったのは、ヨーロッパへの出張がキッカケだった。現役時代はワインを輸入する会社の役員で、ドイツ、フランス、イタリアへ頻繁に出かけていた。そこでヨーロッパの田舎暮らしに触れる。 |
犬笛はフィーフィーと低い音がする。この合図で戻ってくる
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「出張は1回で1〜2カ月くらい。ブドウ栽培のオーナーを訪ねるんです。夕方になるとレストランに誘われてワインを飲みながら会食するんだけど、『これは今日、俺が獲ってきたウサギだ』と自慢話を聞かされる。向こうではブドウ畑でパーンパーンと銃の音がするくらい、ハンティングは普通に行われているんですよ。古いものを大事にするから、銃も昔ながらの水平2連が多い。共通の話題がないと仕事にならないから、私も25年前に免許を取ったんです」 |
狩猟を始めたのはもちろん日本国内だが、最初は以前に住んでいた千葉県内でカモなどを追いかけていた。しかし、猟区のある野田市や柏市は人家が多く、当時のバブル経済も手伝ってハンター銀座の様相に。それが嫌になり、友人が移り住んだ栃木県へ通い始める。東京の高級レストランに親しいシェフがいたので、獲物を届けると「普段は
ジビエ(野鳥類)を輸入しているけど、こういう弾の入った鳥が最高なんだ」と喜ばれた。
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阿武隈山系へは都路林産開発のイベントに顔を出したのがキッカケ。先祖が二本松市出身ということもあり、最初は別荘の予定で土地を買った。いまから13年前の話だが、面白いのは土地選び。見た瞬間に「ここは下がキジ、上がヤマドリが出るとわかった。実際、キジはすぐに出てきましたよ」というから一般人とは違う見方があるようだ。ここで移住者の知り合いもできた中原さんは、やがて定住を考え始める。実は、寝たきりの母親(いまは故人)がいたのだが、受け入れてくれる介護施設が浜通りで見つかった。建築中は千葉県流山市の自宅→介護施設→建築現場→自宅という日帰りを月に6回も繰り返す。本人は「58歳だからできたこと。それまでの10年間は我慢して働いて、ようやく田舎暮らしが実現した」と振り返る。来年には妻の房子さんも合流する予定だ。 |
地元では肉の方が喜ばれるが、かつてはヤマドリのはく製もよく頼まれた
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現在は独り暮らしだが、デュークとシムという2匹の猟犬がいる。シーズン中は3km離れた猟区へ一緒に出かける。それがハンティングのいちばんの楽しみなのだとか。
「キジやヤマドリの狩猟に犬が必要なのは、鳥を見つけて藪から追い出したり、獲物を運んでくるため。猟犬はペット犬と違って知能、能力がものすごいんですよ。狩猟で犬との会話ができるから、それが楽しいんです。ただ、阿武隈山系の移住者にはバードウォッチャーもいるから、バードハンターはあまりいい目で見られない。オレンジ色の帽子やベストで目立つからなおさらですが、地元の人は違うんですよ。キジは米、ウサギはタラノメ、イノシシは野菜を食っちゃうから、間引きを望む農家が多いんですね。猟の帰りによく親しい農家に立ち寄るので、獲物をあげるわけ。するとお返しに野菜や米をくれるんです。米なんか買ったことないですよ」
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ステンドグラス作りも中原さんの趣味。店に並べれば数十万円の値が付く |
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マタギや鷹匠を持ち出すまでもなく、日本人は肉食の文化を持っている。しかし、いまの時代はスーパーで豚肉を買う人が「無駄な殺生」を主張したりするのでややこしい。ハンターがマナーやルールを守るのは当然だが、田舎に住む者は自然の生態系や狩猟の役割について、もう少し知っておいた方がいいのかもしれない。中原さんの取材は、私にとってもいい勉強になった。 |
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「私の猟は細く長く、一生かけて続けるもの」と話す中原さん。
ハンターであるとともに、人と交流するのが大好きな人だ
※冬の道具がもう1つ見つかったので、11回目を3月にやり、12回目は6月掲載とする予定です。 |
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