【第8回】柴田猛さん・久美子さんご夫妻の「ヤギ」
---癒しと恵みを与えてくれるもう1人の家族---
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ヤギの「ユキちゃん」は、人間でいえば20歳くらいの乙女
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NHKの新しい朝ドラ「風のハルカ」は田舎をめざす夫と都会を離れられない妻との離婚から始まる物語だが、ちょっと現実離れしている。むしろ共働きの田舎暮らしで一般的なのは、夫婦の一方が先に移住し、他方があとで合流するスタイル。今回の主人公・柴田家がまさにその典型で、4年前に猛さんが浪江町津島に移住、校長を定年退職した妻の久美子さんはお孫さんの入学を見届けて2年後に津島の住民となる計画だ。
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犬や猫もいる津島の柴田家。独り住まいの寂しさはない?! |
猛さんは農業から家事まで何でもできる人だが、独り住まいが寂しくないはずはない。そこへ昨年5月、新しいファミリーが加わった。日本ザーネン種の子ヤギ「ユキちゃん」である。遊びにきた小2のお孫さんが「アルプスの少女ハイジ」に出てくるヤギと同じ名を付けた。
「草を食べさせるだけなので、犬より手間がかかりません。人なつっこくて、撫でてやると体を擦り寄せてくるんですよ。メーメーと鳴きながら私を呼ぶし、餌を食べたあとはのんびり座って反芻している。そういう姿を見ると癒されるんですよね」 |
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津島には公民館活動の一環として6組のIターン者が参加している「津島見聞教室」という集まりがあり、漬け物や豆腐作り、自然散策、地元の歴史などを学んできた。そのメンバーの1人・佐藤家で生まれたヤギの話を聞き、「メスならもらいます」という展開に。 |
ちなみに、佐藤さんの入手先は製薬会社にヤギを納入している地元畜産家で(血清作りが目的らしい)、そこに柴田さんもまもなく種付けをお願いする予定。もちろん、乳を搾れるようにするためだが、チーズ作りにも挑戦するという。凡人には夢のような話だが、柴田さんはこの9月に会津で開催された「グリーンツーリズム・コーディネーター研修」に参加し、ヤギの乳搾り、火を通さずレンネット(凝乳酵素)を加える本格的なチーズ作りも体験済み。「ユキちゃん」の母親は1年半、朝夕に2リットルずつ乳を出したというから、チーズやヨーグルトを作らないと使い切れない。来春からの搾乳に向け、準備を進めているのだ。 |
標高600m以上で栽培されている「練馬ダイコン」。たくあんの材料になる |
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ヤギは草刈り機の代わりとか、糞は堆肥の材料になるともいわれるが、「体重は牛の5分の1しかないから斜面は崩さないんだけど、草の先っぽしか食べないのできれいに刈れないし、糞も1匹ではまったく役に立たない。でも、飼うのは本当に簡単なんです。餌は草、1週間干した草のほかに20kg1500円くらいの牛用配合飼料、20kg1000円くらいのフスマ(麦の外皮)で一冬越せるし、1個2000円の鉱塩も10年くらい持ちそう。買った家はもともと牛を飼っていたので、草地に放したヤギを畜舎に戻すだけなんです。冬も雪の上に放っておくんですよ。本当は白い牧柵の中で飼うと見た目がいいし、ヤギも幸せなんだけど、作るのが大変だから。繁殖して5〜6頭になったら考えます」という。 |
イノシシの足跡。この地域には獣道も多い
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ここは昔の開拓地で、イノシシの足跡や獣道があちこちに見える。たまに野良犬も通るし、柴田家でも犬と猫を飼っている。ヤギが怖がらないかと聞いたら、前足を挙げて威嚇するので他の動物は襲ってこないのだとか。むしろ気を付けるべきは病気で、水気の多い草を与えて下痢したり、大豆を無制限に食べさせて鼓腹にならないように注意。搾乳期に入ったら、乳房を清潔にして完全に搾りきる配慮も必要になる。 |
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独り住まいの猛さんは、たまに家族のいる東京へ帰る。2泊までは餌を多めにして出かけるが、それ以上は軽トラにワラを敷いた箱を載せ、ヤギ、犬、猫とともに移動するというから驚いた。「近所に預ける行為は相手が迷惑するから絶対しない」というポリシーがあるのだ。
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「ビニールシートの上は菜種、細長いイタリアントマトは加熱料理用です」と柴田さん
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柴田さんには本年5月、都路主催の「田舎暮らし準備校」でたいへんお世話になった。敷地の一部をお借りして都会人に田植えをさせたのだが、地元の約20名に指導してもらう本格的な農村体験になった。ここまで地域に溶け込み、農家の信頼を得ている移住者はそういるものでない。その裏付けとなっているのが、4年目とは思えぬほど高い農業レベル。約3反の田んぼで古代米やユメサヤカなど4種類・24俵の米を収穫し、すべて天日干ししている。また、約200kgのソバ、約400本のたくあん用ダイコン、大豆やヤーコン、搾油用にジュウネン(=エゴマ)や菜種などを栽培。約3町歩ある敷地のほぼ半分を使い切っている。こんな移住者が現れたら、地元の人でも一目置くのは当然だろう。 |
しかし、本人が田舎暮らしを計画したのは定年のわずか3年前だった。
「高校を卒業したとき、ブラジルで農園をやろうと思ったんです。でも、姉に泣いて止められた(笑)。そのまま移住すれば物乞いか金持ちのどちらかだったでしょうね。都内で1坪農園を40年くらいやって、定年に近づいてからどうしようかと考え始めた。そのときブラジルのことを思い出したんですよ。だから国内だけでなく、インドネシアやオーストラリアでも土地を探しました。結局、女房が気に入って、ここに落ち着いたんです」 |
「田舎暮らし準備校」では妻の久美子さんも活躍した(中央・黄色のエプロン) |
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約80万円のローダ付きトラクター。雪かきにも使える。その右はヤーコン
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もともと理系だが、36歳から大学に通い、40歳にして経済学士を取得した苦労人でもある。その行動力で農業に取り組み、料理人からフランス産と間違えられるようなそば粉を直売所(津島の「ほのぼの市場」)に並べている柴田さんでも、農業収入は年に数万円にしかならない。一方で農業資材の支出はトラクター、田植機、ハウス、ハーベスターなどで計300万円くらいになったという。 |
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「土に生きる者は死なず、という言葉があるけど、まわりを見ると独身の農家が多いし、このままじゃ農村が死んじゃうよ。私だってソバの手刈りでは労務費も出ないし、何でこんなバカなことを、と思うときもある。まあ、年金収入があるからできるんですけどね。会津の研修でグリーンツーリズムの事例も見せてもらったんですが、向こうは豪農が都会人に民泊させている。格が違うんです。それでも食事の規制があって、1泊4000円くらいで自炊か外食というスタイル。県の話では、普通の民宿でも規制をクリアーしやすい方法があるらしい。私は自宅を使って、農業体験施設を本気でやってみたいんですよ。目標は3年先かな。女房も来るし」というから頼もしい。
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韓国製の搾油機を備えた搾油所。津島を活性化する新兵器に
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柴田さんは前記の見聞会や研修以外にも、県が企画した「森の案内人」に応募して自然教室の開校資格を取ったり、この4月からジュウネン・菜種から油を搾る津島活性化企業組合搾油所の実質的な所長として、搾油と販売の両面から新しい農業収入の可能性を探ったりしている。下戸ということもあるが、実にパワフルだ。(彼の公営浴場の風呂仲間に口先だけの平山さんがいるのは唯一の不安材料だが<冗談>)、「津島に柴田あり」、いや「グリーンツーリズムを成功させた柴田さん」と称賛される日がきっとくることでしょう! |
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