わが家は北海道から持ち込んだ煙突付きの石油ストーブだが、阿武隈山系の移住者は薪ストーブの愛好家が多い。直火が熱い石油ストーブと違って、温もりがじわじわと伝わってくる。薪によっては桜の香りなどもして、実に雰囲気がいい。12年前に茨城県土浦市(もともとは東京の下町出身)から移り住んだ朝日さん一家も、重さ100kg以上もあるアメリカ製「ダッチウエスト」の薪ストーブを建築時に導入。阿武隈山系の基幹産業は@シイタケ原木Aパルプ材を搬出する林業で、薪は手に入りやすい地域だが、@は3尺(約90cm)、Aは6尺が規格だから、ストーブの長さに合わせて細かく割らねばならない。そう、薪割りである。その道具がマサカリ(大型の斧)だが、徹雄さんはわざわざ前に住んでいた茨城県のホームセンターまで買いに出かけたという。マサカリはせいぜい1万円前後だから、交通費の方がよっぽど高くついたはずだ。 |
手前が外国製。奥が国産。刃先が明らかに違います |
「だって規模が全然違うんだもの。『ジョイフル本田』っていうんだけど、駐車場だけで3000台のスペースだよ。品揃えが豊富だし、店員の質も高い。これと同じネジくれといえば、すぐに出してくれる。だからマサカリだけでなく、チェーンソーも草刈り機も草焼きバーナーも、みんなそこで買ったんだ」
阿武隈山系にも「ダイユーエイト」や「コメリ」などのホームセンターはあるが、相手が3000台では歯が立たない。「ジョイフル本田」のHPにはご丁寧にも店舗別の規模が示されており、駐車場5000台の店や東京ドーム3.7個分の店もあるのだとか。田舎暮らしの世界では「道具はケチるな」が鉄則であり、入手のために他県への遠出も厭わない姿勢は頭が下がる。 |
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「刃がいちばん重く厚みのあるものを選んだ」というマサカリで、薪割りを実演してもらった。徹雄さんは若いときのケガで右手しか道具を使えないのだが、原木はみごとにスパッと割れる。刃先の重みを利用するのがコツで、30代になる彼の甥にやらせても力んで割れなかったという。この日は外国製のマサカリと比較もしてみたのだが、外国製は刃先が薄く木に刺さってしまうのに対し、国産は刃先で割り刃の厚みで割れ目を広げるように機能する。メーカーにもよるが、薪割りは国産の方が使いやすそうだ。ちょっと不良っぽくてかっこいい徹雄さんも還暦になったというので、「そろそろしんどくないですか。自動薪割り機に替えては」と冷やかしたら、意外に真面目な答えが返ってきた。 |
「いや、『グラントマト(農業資材の店)』で見たから、いつかは使おうと思っているよ。でも、薪にするには原木をチェーンソーで玉切りするのが先で、それは木が重いからしんどいけど、割る作業はストレス発散になってけっこう楽しいんだ。ただ、サクラみたいに堅い木は割れないものもあって腹が立つ(笑)。それもいつか割ってやろうと取ってあるけどね」 |
奥の原木の山で2年分。手前の3つの仕切りで1冬分です
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割れなかったサクラの木。いつかは必ず薪に
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朝日家では4トン車1台(約20石)の原木で2年分とか。使い方が上手いのか、他の移住者から聞く数字の半分である。6尺の原木を6等分(つまり30cm)に割って使うのだが、実はあと2週間分しか薪がない。伐採時期の春先に頼んだら、森林組合から届いたのが11月だったのだ。いかにも田舎らしいのんびりした逸話だが、地元の人は薪ストーブなんて使わないので、薪は半年以上乾燥させる必要があることを見落としたのだろう。 |
朝日家は移住者には珍しい4世代同居で、ご夫妻にとって87歳の母上から中学生のお孫さんまでいる。その一家の暖を取るのは、大黒柱である徹雄さんの役目。朝、温まるまで石油ストーブを併用しながら、30分以上も薪ストーブの前から離れない。市販の着火材はコストがバカにならないので、DM、新聞、段ボール、樹皮などを使う。12年もやればお手のものだが、「燃え方は日によって全然違います。火の着きが悪いと夫の機嫌も悪くなるんですよ」と妻の啓子さんは話す。また、ストーブに入れる薪も種類を考え、朝晩は火持ちのいいナラやサクラ、それ以外は温かい昼間に使用(マツやスギなどの針葉樹はストーブを傷めやすいので使わず、クリも着火すると跳ねやすいので日曜大工の材料にする)。月に2回はコンバスターの清掃(蜂の巣状になった二次燃焼室の触媒。穴に溜まった煤を焼き鳥の串で落とす)も欠かさない。 |
「かまぼこ型よりイチョウ型の薪の方が燃えやすい」と徹雄さん |
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